誰かに謝る時、あなたは能動的でしょうか? それとも受動的でしょうか? 能動的だという人がいるかもしれません。ですが、謝る時に重要なのは、過ちへの気づきや自らの行いへの悔いといったものが、自分の心の中に現れてくることです。これは人が能動的に、やろうと思って出来ることではありません。では謝罪は受動的なのかというと、そうとも思えません。誰かに謝る時、人は謝罪という出来事を単に受動的に経験しているわけではないからです。我々はあまりにも能動/受動の区別に慣れ親しんでしまっているため、それを必然的で、普遍的で、不可欠なものと考えています。ところがよくよくこの区別を眺めてみるならば、それはむしろぎこちなく、「不自然」なもの、少なくとも我々の周囲で起こっていることを記述するにはあまりに不十分なものであることが分かってきます。この講義は能動/受動の対立を疑問視することを出発点としつつ、古代の言語の中にあった、「中動態middle voice」という文法カテゴリーを様々な観点から検討していきます。ベースとなるのは哲学ですが、その他、言語、歴史、政治、医療、倫理など様々な分野が取り上げられます。
私たちが現在、どのような言語を用いて思考しているのかを反省的に考察し、その言語と結びついた諸概念および諸問題を自覚することが本講義の狙いです。具体的には、私たちが頻繁に用いる概念、「意志」「責任」「行為」「選択」「権力」等々が論じられます。自分たちが用いている言語について考察することは、自分たちの思考の様式そのものを考察することに他なりません。そしてこの作業はどんな分野の学問を学ぶにあたっても必要とされることです。
本講義は哲学の講義ですが、哲学者の誰それが述べたことの概要を解説するタイプのそれではありません。「中動態」を手がかりに、様々な哲学者が作り出してきた概念を用いて現代社会の諸々の問題に取り組んでいく、そのような講義です。この講義を履修することによって、学生は哲学が実際にはどのように実践されるのかを学ぶことができます。つまり哲学とは何をすることなのかを学ぶことができます。また、先に挙げた諸概念は現代社会を考える上で避けては通れないものばかりです。本講義を通じて、現代社会を批判的に見る視点を獲得することもできるでしょう。
言語、言語学、文法、能動性、自発性、自由、意志、責任、権力、暴力、同意、バンヴェニスト、アレント、フーコー、古代ギリシア、スピノザ
✔ 専門力 | ✔ 教養力 | コミュニケーション力 | ✔ 展開力(探究力又は設定力) | 展開力(実践力又は解決力) |
講義形式で行います。毎回レジュメを配ります。
授業計画 | 課題 | |
---|---|---|
第1回 | イントロダクション──能動、意志、責任 | 講義全体の狙いを理解する |
第2回 | 意志のことを我々は理解しているのか?──B・リベットの実験 | 意志概念の曖昧さを理解する |
第3回 | 古代ギリシアの文法論(1)──プラトン、アリストテレス、ストア派、トラクス | 古代ギリシアの文法研究を理解する |
第4回 | 古代ギリシアの文法論(2)──プラトン、アリストテレス、ストア派、トラクス | 古代ギリシアの文法研究を理解する |
第5回 | 中動態の意味論(1)──言語学者エミール・バンヴェニスト | バンヴェニストによる中動態の定義を理解する |
第6回 | 中動態の意味論(2)──言語学者エミール・バンヴェニスト | バンヴェニストによる中動態の定義を理解する |
第7回 | 古代ギリシアと意志の概念 | 意志概念の歴史を理解する |
第8回 | 中間総括講義および中間テスト | これまでの講義のまとめと中間テスト |
第9回 | 権力と暴力(1)──フーコーとアレント | ミシェル・フーコーとハンナ・アレントの権力概念を中動態の概念から検討する |
第10回 | 権力と暴力(2)──フーコーとアレント | ミシェル・フーコーとハンナ・アレントの権力概念を中動態の概念から検討する |
第11回 | 中動態はどのようにして消えていったのか? | 言語の歴史を把握する |
第12回 | 日本語と中動態 | 日本語における中動態を理解する |
第13回 | 中動態と哲学(1) | 何人かの哲学者の思想を中動態の概念で読み解く |
第14回 | 中動態と哲学(2) | 何人かの哲学者の思想を中動態の概念で読み解く |
第15回 | エピローグ──ビリーたちの物語 | ハーマン・メルヴィルの小説『ビリー・バッド』を中動態の観点から読み解く |
特になし。
國分功一郎『中動態の世界──意志と責任の考古学』医学書院。
中間テスト(50%)、期末レポート(50%)
知らないことを知りたい、理解したいという気持ちを持っていること!