現代のエレクトロニクスは,その構成の基本要素となる半導体デバイスによって支えられている.半導体デバイスの動作を正しく理解してその性能を向上させたり,新しい電子機能を有するデバイスを設計するなど高度な専門的能力を習得するためには,まず,半導体物性について基礎的な理解を得ることが重要となる.本講義は,半導体工学の入門として,半導体物性の基礎概念について講述する.
電気系専門科目の初等科目として位置づけられた本講義では,数学,電磁気学,量子力学等を基礎として,電気伝導,光応答やその他の半導体物性に関する基礎的理解を「見える化」しながら丁寧に積み上げていく学修過程を採用する.
本講義では,講述に加え,適宜演習を行う.問題演習を通して,半導体内部の複雑な現象の本質をモデル化し,基本方程式の立式と求解を通して,考え方の論理的筋道を深く理解するとともに,解析的手法に習熟する.さらに,そこから得られる具体的数値を視覚化して理解することで,基礎学理に則った直感的な理解に結び付ける.
本講義では,下記のような内容について学ぶ.
まず,原子が周期的に結合した固体中ではエネルギーバンドが形成されることを量子力学に基づいて理解し,また,その中に存在できる電子の密度には限りがあることから状態密度の概念について学び,そこに熱統計分布の考えを適用することでキャリア濃度を得る.エネルギーバンド中における電子の運動の考察から,電子と正孔の概念について学び,不純物ドーピング,及びn型,p型半導体の概念を得る.pn接合のポテンシャル分布を理解した後,固体中電気伝導を理解する際の基礎となるドリフト,拡散,再結合等の各概念について学ぶ.つぎに,半導体中の電気伝導解析の基礎となる,キャリア連続の方程式を導入した上で,具体的な応用例を通して,解析解,数値解双方の観点から学習を深め,半導体デバイスを理解するうえで不可欠なpn接合の電流電圧特性に関する基礎的理解を得る.
以下の段階的な到達目標を一つ一つ着実にクリアすることで,半導体デバイス工学の基礎となる半導体物性の基礎事項に習熟することを目的とする.
・半導体工学でよく用いられる重要な結晶構造を列挙,説明できる.
単位格子,単位構造を用いて周期構造を表現できる.
ミラー指数を用いて格子面を指定できる.
・原子軌道とパウリの排他原理から,定性的に金属と半導体(絶縁体)の違いを説明できる.
・階段型ポテンシャル,井戸型ポテンシャル中の電子の運動をシュレディンガー方程式を用いて解析し,エネルギー準位や存在確率を計算できる.
・電子の透過率,反射率を計算し,電流との関係を説明できる.
・周期ポテンシャル中のシュレディンガー方程式の解の存在条件からエネルギーバンドの形成を説明できる.
許容帯,禁制帯,価電子帯,伝導帯,ブリルアンゾーンの用語の意味を説明できる.
伝導帯,価電子帯における伝導キャリアを説明できる.
エネルギーバンドを基に,電子,正孔の有効質量を概算できる.
・等方的三次元固体中の状態密度を計算できる.
分布則と状態密度から電子濃度及び正孔濃度を計算できる.また,それぞれの温度依存性について説明できる.
・不純物ドーピングによるn型p型と,多数キャリア,少数キャリアの関係について説明できる.
・ドリフト電流,移動度,拡散電流,再結合について説明できる.
・キャリア連続の方程式を導出し,光応答を含め,いくつかの単純な状況設定の下で,解を求めることができる.
・pn接合界面付近のポテンシャル分布の形状を空乏層近似の下で数式で示し,図で説明することができる.その結果から接合容量を求めることができる.
・pn接合の電流電圧特性が指数関数的になることを,拡散と再結合の伝導モデルを用いてキャリア連続の方程式を解くことにより,導出できる.
・pn接合における電子電流と正孔電流の関係をバンド図に図示できる.その温度特性を説明できる.
・pn接合の光応答について説明し,光電流を計算できる.
・金属と半導体の接合界面のバンド図を図示し,その電流電圧特性について説明できる.
固体のバンド構造,井戸型ポテンシャル,周期構造中の電子,有効質量,キャリアの状態密度,分布則,真性キャリア濃度,
ドーピング,移動度,ドリフト電流,拡散電流,再結合,バンド図,少数キャリア連続の方程式,pn接合,金属半導体接合
✔ 専門力 | 教養力 | コミュニケーション力 | 展開力(探究力又は設定力) | ✔ 展開力(実践力又は解決力) |
プロジェクタ投影によるスライドコンテンツを中心に講義を進め、適宜問題演習を行う.
授業計画 | 課題 | |
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第1回 | 固体の結晶構造,ミラー指数 | ミラー指数から格子面を作図する.格子面の図からミラー指数を求める. |
第2回 | エネルギーバンドの形成(定性論): 水素原子,分子から固体へ,金属・半導体・絶縁体 | 原子が多数結合した固体の電気的性質(金属・絶縁体・半導体)の起源を,原子分子のエネルギー準位の形成から定性的に説明する. |
第3回 | 量子力学の基礎: シュレディンガー方程式,無限のポテンシャルに閉じ込められた電子 | ポテンシャル階段による電子の反射率,透過率を計算する.無限に深い量子井戸のエネルギー準位と固有関数を求める. |
第4回 | エネルギーバンドの形成: ブロッホの定理,許容帯,禁制帯,有効質量,電子と正孔 | 周期ポテンシャルモデルから,エネルギーバンドの形成を説明する.空格子のE-k図を描く. |
第5回 | 統計力学の基礎: 状態密度,分布則,フェルミ準位,真性キャリア濃度 | 粒子数が少ない場合に,無限井戸内の状態を占有する場合の数を数え上げて,占有確率を計算し,統計分布関数と比較する.真性キャリア濃度を導出できる. |
第6回 | キャリア濃度の制御: 不純物ドーピング,p型n型,電子濃度・正孔濃度,温度特性 | 不純物ドーピングした半導体のキャリア濃度がどのように決まるか説明する.温度依存性をバンド図と式の両面から説明する. |
第7回 | 電気伝導の基礎: ドリフトと拡散,移動度と拡散係数, 抵抗率,ホール効果,再結合 | ドリフト電流,拡散電流の物理的起源を説明する.キャリア連続の方程式を導出する.その方程式を解いてキャリア濃度分布を求める. |
第8回 | これまでの教授内容の理解度の確認と解説 | 理解度確認の試験問題を解くことにより,基礎事項の習熟度をチェックする. |
第9回 | 少数キャリア連続の方程式 | 移動度,拡散係数,再結合寿命時間の意味を説明する.電子と正孔の少数キャリア連続の方程式との関係について説明する. |
第10回 | 少数キャリア連続の方程式の応用: キャリアの生成と再結合,拡散と再結合,拡散長 | 拡散とドリフト,再結合を考慮した場合の解を求める.ホール効果の原理と測定法を説明する. |
第11回 | pn接合の形成とバンド構造,接合容量 | pn接合のバンド図を空乏層近似を使って求め,概略図を描く.接合容量を求める. |
第12回 | pn接合の電流電圧特性: 少数キャリア連続の方程式からの理解 | pn接合の電流電圧特性を,少数キャリア連続の方程式とバンド図から導出する. |
第13回 | pn接合の電流電圧特性: 整流特性,電子電流と正孔電流,温度特性 | pn接合の整流特性と温度特性を説明できる. |
第14回 | 金属半導体接合:バンド図,電気伝導の原理,電流電圧特性 | 金属半導体接合のバンド図を描き,電流電圧特性を求める.pn接合との相違点を指摘する. |
第15回 | 半導体の応用: pn接合と電子デバイス,光デバイス | pn接合のデバイス応用について説明する. |
高橋清・山田陽一 『半導体工学(第3版)』 森北出版, ISBN 978-4-627-71043-6
小長井誠『半導体物性』培風館 ISBN 4-563-03338-3
【成績評価】 演習20点,中間試験40点,期末試験40点
電磁気学第一(EEE.E201)を履修していることが望ましい.