科学技術者倫理   Ethics in Engineering

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担当教員
中村 昌允 
使用教室
月5-6(H121)  
単位数
講義:2  演習:0  実験:0
講義コード
0188
シラバス更新日
2014年9月18日
講義資料更新日
2014年9月18日
学期
後期  /  推奨学期:4

講義概要

 2011年に起きた福島原発事故は、科学技術者に、科学技術とは何か?科学技術者は社会とどのように関わり、説明責任を果たしていくか?を深く考えさせた。
現代社会は技術への依存度は増すことがあっても減ることはない。科学技術は一般市民(公衆)によってその是非が最終的に判断されるが、高度に分化・専門化した現状ではその分野の専門家でないと的確に判断できない。公衆は専門家が判断した結果を後から同意しているのが実態で、公衆の知る権利に応えるためには、科学技術者は公衆が納得できるように説明責任を果たす必要がある。説明責任は、説明する者と説明される者との間の信頼関係が前提で、信頼は科学技術者がモラルをもって行動すること(正直・誠実)から生まれてくる。科学技術者は自分の専門分野では専門家であるが、他の分野では公衆の一人である。すなわち社会は「それぞれ分野の専門家に頼る相互依存の関係」で成り立っており、科学技術者は常に専門領域での最新の技術を習得するように努め、問題解決にあたる責任がある。
 多くの事故は現場での技術者の判断や行動に起因している。ヒューマンエラーが原因といわれるが、さらに原因を探ると、開発設計段階に起因していることが多い。それだけに、「科学技術のもたらす危害を最も防ぐことができるのは科学技術者であり、その社会的責任は極めて大きい。」
 科学技術者は、高い専門技術・能力を有する存在として、また日々研鑽していることによって評価され、その行動は専門職倫理が求められる。科学技術者の倫理規定は、日本技術士会をはじめとして各学協会で定められているが、「科学技術者倫理」は特殊なものではなく、一般社会に通用している倫理を技術者に適用したものといえる。その際に最も優先される行動基準は、「公衆の安全、健康、福利を最優先する」ことである。しかし、現実の場で技術者が遭遇することは、組織の一員としての立場と社会の公益に資する立場との間での「ジレンマ」である。このジレンマをどのように克服していくかが、科学技術者の課題である。
 講義では、科学技術者が遭遇した実際の事例を数多く取り上げ、それぞれの局面で、どのように判断し、行動すべきかを一緒に考えてみたい。学生が実社会で遭遇することを座学で理解するのは難しいが、実際の事例を当事者の気持ちになって考えること、すなわち事例を「仮想体験」することによって自ら考えることができ、それぞれの判断力や行動基準を磨くことができる。

講義の目的

JABEE(日本技術者教育認定機構)が、「技術業」に携わる専門職が有するべき職業倫理として、技術が社会に及ぼす影響や効果、および社会に負っている責任を果たす上で、技術者としての判断・行動規準として「技術者倫理教育」を取り上げており、東工大でもこれに対応して、高い専門能力の育成とともに、専門職としての倫理を習得できるように技術者倫理教育を行なっている。
講義の狙い
(1)科学技術者が負っている社会的責任を自覚し、プロフェッショナルな科学技術者となるための「科学技術者倫理」の基礎的考え方を身につける。
(2)行動の規範は「公衆の安全、福利、健康を最優先する」ことである。
(3)科学技術者は、上記の行動規範と組織や顧客との契約との間で、技術者としてのジレンマに悩むことがある。
その時にどのように行動するかを考える。
(4)講義は、実際の事例を、当事者の立場に立って事例を「仮想体験」し、実際の場でどのように判断し行動するかの各自の基準を考える。
講師メッセージ
 講師の技術者倫理との関わりは、企業在職時に、開発責任者として導入したプラントでの爆発事故であった。この事故で、二人の方が亡くなられ、その後、20年間、技術者としての生き方を考えてきた。そこから学んだことを、講義を通して伝えたい。
 科学技術者の行動に模範解答はない。その瞬間でそれぞれが自らの有する判断基準や行動基準に基づいて最善を尽くすしかない。
講義では実際の事例を、仮想体験することによって、実践的な判断ができるようにし、理論だけではなく、現実の場での判断に資するようにしたい。
21世紀は科学技術なしには成り立たない。講義を通して、21世紀を生きる科学技術者の在り方について一緒に考えたい。

講義計画

#1.技術者倫理はなぜ必要か?: 技術者倫理の基本的考え方の紹介
#2.技術者のジレンマ(ケース事例)
#3.研究倫理「STAP細胞問題」をどのように考えるか
#4.説明責任―1 福島原発事故とリスクマネジメント
 福島原発事故により、人々は原子力発電の安全性に強い懸念と不信感を抱いており、原発そのものの存続が議論されている。しかし、この事故の課題は、リスクマネジメント(事前の備え)とリスクコミュニケーション(原子力発電に対する説明責任)である。
#5.説明責任―2 福島原発事故と科学技術者の責任
 専門家の責任について「福島原発事故の放射線強度」「BSE」を事例に、日本人のリスク認識、専門家の説明責任について考える。
#6.プロフェッショナルな技術者の行動―1 経営者と技術者の判断
 「チャレンジャー号の爆発」と「シティコープビルの強度補強」を事例に、経営者と技術者の判断はどのように違うかを考える。
#7.プロフェッショナルな技術者の行動―2 設計技術者の責任
 製品に関する事故はほとんどが開発・設計段階に起因する。「自動回転ドア事故」「渋谷シェスパ温泉事故」「シンドラーエレベーター事故」を事例に、設計に携わる技術者の責任について考える。
#8.プロフェッショナルな技術者の行動―3 事故はヒューマンエラーによるものか
 「JR西日本福知山線断線事故」の直接原因は運転手のスピードの出し過ぎであるが、人間のミスを原因とする限り、事故の再発を防ぐことはできない。ヒューマンエラーの背後に潜む設備やシステムの問題にさかのぼって対策を講じる必要がある。
#9.危機管理: トラブルが生じたときの行動
 「集団食中毒事件」「タイレノール事件」を事例に、危機管理の在り方について考える。個人に判断を委ねるのか、組織としての対応を考えるかという問題である。
#10.製品事故と製造物責任
 技術者は、設備の本質安全化を図り、更に安全防護策を講じる。
それでも残る残留リスクは、使用上の情報として利用者に伝える責任がある。
「カビ取り剤」「シュレッダー事故」「不二家事件」を事例に、製品安全とは何かを考える。
#11.新規技術の開発-1 どこまで安全を求めるか?
 科学技術に完璧はない。完璧でない以上、リスクはゼロにすることはできない。すなわち、どこまでのリスクを許容するかが問われる。安全に対する日本と欧米との考え方を紹介し、これからの安全管理を考える。
#12.新規技術の開発―2 リスクアセスメント
 新しく開発した技術のリスクを低減するには、リスクアセスメントが極めて重要である。
リスクアセスメントの概要と、その社会的意義について考える。
#13.最近の化学プラントの事故
 化学プラントの重大事故が起きた。技術的要因は異なるが背景要因は共通している。日本の現場は優秀であるは、これからもその認識でよいか?これからの安全管理の在り方を考える。
#14.環境倫理と循環型社会
 環境倫理の基本的な考え方として、①地球の有限、②世代間倫理、③生物保護がある。さらに、予防原則とは何かを紹介する。一方、20世紀が地下資源からものを生産したが、21世紀は資源循環を基に生産体系となる。循環型社会の在り方について考える。
#15.期待される技術者
 これから期待される技術者について考える。

教科書・参考書等

中村昌允「技術者倫理とリスクマネジメント」オーム社(2012年)
中村昌允「製造現場の事故を防ぐ安全工学の考え方と実践」オーム社(2013年)
 

関連科目・履修の条件等

この科目は、平成18年度以降の入学生には文系科目、17年度以前の入学生には文系基礎科目の単位として認定されます。

成績評価

・期末レポート(50%)、毎回の小レポート(50%)
・成績評価は、出席率7割以上の学生を対象とする。

担当教員の一言

人数制限をする場合があるので、一回目の授業に必ず出席すること。
(1回目の授業に出席していない場合は、人数制限の対象とする)

その他

推奨学期:4学期

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