科学技術者倫理   Ethics in Engineering

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担当教員
中村 昌允 
使用教室
月5-6(W541)  
単位数
講義:2  演習:0  実験:0
講義コード
3662
シラバス更新日
2009年9月28日
講義資料更新日
2009年9月28日
学期
後期  /  推奨学期:4

講義概要

従来、科学技術は知識を追求する営みで、科学技術者(研究者を含む)は道義的責任を含めて社会との関わりは一切持たないで済むと考えられてきた。しかし、第2次世界大戦が科学技術の成果を戦争に利用した技術力の戦争といわれ、特に原子爆弾の投下は、科学技術者に自らが研究開発した成果が社会にもたらす影響や結果についての社会的責任を強く自覚させるようになった。すなわち、科学技術者が専門職(プロフェッション)としての役割を発揮し社会的責任を果たしていく上で、「科学技術者としての倫理」が問われるようになった。
現代社会は技術への依存度は増すことがあっても減少することはない。科学技術は一般市民(公衆)によってその是非が判断されるが、高度に分化・専門化した科学技術の是非はその分野の専門家でないと的確に判断できない状況になってきた。公衆は科学技術者が是非を判断した結果を後から同意する存在となっており、公衆の知る権利に応えるためには、科学技術者は公衆が納得できるように説明責任を果たし、情報を開示する必要がある。説明責任を果たすには、説明する者とされる者との間の信頼関係が前提になっており、信頼は科学技術者がモラルをもって行動することから生まれてくる。科学技術者は自分の専門分野では専門家であるが、他の分野では公衆の一人である。すなわち社会は「それぞれ分野の専門家に頼る相互依存の関係」で成り立っており、科学技術者は常に専門領域での最新の技術を習得するように努め、最善の技術で問題解決にあたることが求められている。
一方では、産業事故、製品事故などが多発しているが、その原因は現場での技術者の判断や行動に起因していることが多い。また、ヒューマンエラーが原因といわれる事故も、さらに突っ込んで原因を探ると、開発設計段階に起因していることが多い。それだけに、「科学技術のもたらす危害を最も防ぐことができるのは科学技術者であり、その社会的責任は極めて大きい」といえる。
科学技術者は、高い専門技術・能力を有する存在として、またその能力獲得のために日々研鑽していることから専門職として認定されており、その行動は専門職としての倫理が求められる。科学技術者の倫理規定は、日本技術士会をはじめとして各学協会で定められているが、「科学技術者倫理」は特殊なものではなく、一般社会に通用している倫理を技術者に対して適用したものといえる。科学技術者が科学技術に忠実に義務を果たそうとした場合に、組織や顧客と契約を結んでいるために、ジレンマや利益相反に遭遇することがある。その際に最も重要な行動基準は、「技術者は公衆の安全、福利、健康を最優先する」ことが特徴である。
講義では、科学技術者が遭遇した実際の事例を数多く取り上げ、それぞれの局面で、どのように考え、行動すべきかを一緒に考えてみたい。学生が実社会で遭遇することを紙上で理解するのは難しいが、実際の事例を当事者の気持ちになって考えること、すなわち事例を「仮想体験」することによって自ら考えることができ、それぞれの判断力や行動基準を磨くことができると考えている。

講義の目的

JABEE(日本技術者教育認定機構)が、「技術業」に携わる専門職が有するべき職業倫理として、技術が社会に及ぼす影響や効果、および社会に負っている責任を果たす上で、技術者としての判断・行動規準として「技術者倫理教育」を取り上げており、東工大でもこれに対応して、高い専門能力の育成とともに、専門職としての倫理を習得できるように技術者倫理教育を行なっている。
講義の狙い
(1)科学技術者が負っている社会的責任を自覚し、プロフェッショナルな科学技術者となるための「科学技術者倫理」の基礎的考え方を身につける。
(2)行動の規範は「公衆の安全、福利、健康を最優先する」ことである。
(3)講義は、実際の事例に基づく「仮想体験」によって、実際の場でどのように判断し行動するかのそれぞれの基準を身につける。
講師メッセージ
 技術者の行動に模範解答はない。それは今行動する状況と再び同じ状況が生まれることはなく、その瞬間でそれぞれが自らの有する判断基準や行動基準に基づいて最善を尽くすしかない。
 それでは経験の少ない者は痛い目に遭うしかないのだろうか? 講義では実際の事例を「仮想体験」して、実践的な判断ができるようにしたい。

講義計画

講義は下記のように計画している。
1.イントロダクションー私と技術者倫理の関わり
2.技術者倫理はなぜ必要か?
3.技術者のジレンマ(ケース事例)
4. プロフェッショナルな技術者の行動―1「チャレンジャー号の爆発」と内部告発
  打ち上げに反対した技術者がいたが打ち上げは強行され爆発した。反対した技術者ならびに経営者の行動を振り返り、どのようにすれば良かったかを考える。
5.プロフェッショナルな技術者の行動―2「シテイコープビルの強度補強」「もんじゅ火災事故」と説明責任
   自らが設計した建物の強度不足に気付いた技術者の行動、もんじゅ火災事故におけるその後の行動を事例に、説明責任について考える。
6.プロフェッショナルな技術者の行動―3「集団食中毒事件」と危機管理
   集団食中毒事件における事故の発端、基準逸脱品の処理、顧客訴えに対する危機管理について考える。
7.プロフェッショナルな技術者の行動―4「JCO臨界事故」と変更管理
   臨界事故は作業者の発案した製造方法によって起きた。なぜ、このような事態が生じたかを考える。
8.プロフェッショナルな技術者の行動―5「JR脱線事故」とリスクアセスメント
   直接原因は、運転士のブレーキ操作が遅れ制限速度を超えるスピードで半径304mのカーブに侵入したことであるが、原因をヒューマンエラーといってよいかを考える。
9.プロフェッショナルな技術者の行動―6「製品事故」と製造物責任
   カビ取り剤事故、シュレッダー事故、自動回転ドア事故、パロマ事故を取り上げ、そこでの技術者の行動について考える。
10.プロフェッショナルな技術者の行動―7「食品不祥事」と技術者の責任
   一連の食品不祥事における技術者と企業の責任について考える。
11.環境倫理と技術者の責任
   地球の有限、世代間倫理、予防原則など環境問題の基本的な事項について紹介するとともに、循環型社会について考える。
12.安全とリスク
   安全とはどんな状態で、どこまで安全ならば良いかに関する日本と欧米の考え方を比較し、これからの安全管理の在り方を考える。
13.技術者の行動規範
   技術者が行動するための規範にについて考える。
14.期待される技術者

教科書・参考書等

中村昌允「事故から学ぶ技術者倫理」工業調査会(2005年)

関連科目・履修の条件等

この科目は、平成18年度以降の入学生には文系科目、17年度以前の入学生には文系基礎科目の単位として認定されます。

成績評価

期末レポートを主とするが、途中での小レポートも考える。

担当教員の一言

人数制限をする場合があるので、一回目の授業に必ず出席すること。

その他

推奨学期:4学期

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